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2018年3月 2日 (金)

人間が生きる空間

 これまでずっと、日本と世界のはざまに立つような気持ちで、さまざまな小説やエッセーを書いてきた。

 昨年出版した「腹ペコ騒動記~世界満腹食べ歩き」(講談社)も、世界のいろいろな国での食べ物を通して、ガイドというより、日本と世界の間にある空間を描いたつもりだ。
 昔から僕のことをよく知っている池ちゃんは、「大五さんが地球の歩き方タイ編で、執筆した中華街(ヤワラー)の記述は、ほかのガイド本とはまったく違って、すごくよかったですよね。さすが後年に作家となる岡崎大五の文章だなと感嘆したものです」
 この前、そんなことを言われて、もう三十年近くも前に書いた、しかも地球の歩き方の数ページの文章を覚えている方もすごい。
 ところが僕は、この文以外、地球の歩き方の町案内は書いたことがない。唯一、やった仕事は、ヨーロッパを歩き回るようなガイド本で、かなりの分量を短期間で仕上げたくらいだ。
 どうも僕には、ガイドブックを執筆したりするライターの素養はないようである。
 だからほとんど注文もなく、これだけ旅をしていながら、関わってこなかった。
 海外の紹介記事は、性に合わないというか、今ならば、SNSで発信していれば十分で、それ以上はやる気が起きない。
 
 それよりも、自分らしい考察や解釈が入ったものが書きたいのである。
 すると世界のことを書きながら、自分の居場所は、別のところにある。
 ガイドブックなどでも執筆するのは日本かもしれないが、書き手の心の居場所は海外にあり、だからガイドブックとして成立するのだと思う。
 心の居場所も日本になる僕の場合は、そういう文章にはならない。
 そもそも、人間には、世界を旅していようとも、居場所が必要である。体はひとつしかないのであるから、居場所も一カ所にならざるを得ない。
 そこから生まれるのが、僕の文章なのである。
 
 僕は今、旅はすれども、日常は伊豆の下田に暮らしている。移住してから15年が経ち、どっぷりとはまった感じだ。
 わりと最近までは、「下田に来た」と思っていたが、昨年あたりから「下田から何ができるか」と考えるようになっている。
 ベクトルの向きが真逆になったのである。
 今年から来年に向けて、心境も状況も少し変化しそうな兆しが見えてきた。
 もちろん、この下田から何ができるか、何が書けるか。
 それが作家としてのテーマなのだが。
 さて、どうなりますことやら。

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