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2017年12月28日 (木)

今年も終わりだあ!

 いよいよ今年も終わりだ。

 僕にとっては、久しぶりに本が出て、巻き返しのターニングポイントのような年になった。
 結果が出るのは来年以降だろうが、まず創作の基本姿勢が変わった。
 これは「伊豆下田料理飲食店事件簿」(伊豆下田100景)を書いたことによる気持ちの変化が大きい。
 なにしろ、実在の店と店主、料理を出しつつ、ミステリー小説に仕立て上げると言うものだ。まず登場人物たちに気を配らなければならない。この辺は、旅エッセイの手法と似ているかもしれない。
 友人知人を書くわけだから、なるべく読んで楽しんでもらえるようにしようと心を配る。するとそれが読者に伝わり、読者の各店に対する眼差しも温かいものになる。
 それを半年連載し、町中で、読者の方々から声を掛けられ、また登場する店を再訪して実感できたのである。
 小説がこんな形で、人と人がつながることができるのは、作家冥利に尽きるような喜びだった。
 この小説の企画を提案してくれたSさんご夫婦に心より感謝申し上げたい。
 そして10月には、「腹ペコ騒動記~世界満腹食べ歩き」(講談社)が出版された。
 担当になってくれたのは、15年来に付き合いのOさんである。彼なくしてこの本はなかった。
 そしてデザインをして下さった、日下潤一さん、イラストの伊野孝行さんは、いずれも今の日本を代表するような方々で、2年間連載したので、こうした一流のクリエーターと一緒に仕事をさせてもらえた経験は、何にも代えがたいものだった。一流は、どこまで自分を追い込み仕事をするのか、それを目の当たりに見せてもらい、僕自身も鼓舞されて、ようやく完成にまでこぎつけられたのである。
 これはひとえに、「小説現代」という一流の文芸誌が舞台だったからこそ、なしえたことだったと思う。
 また出版後には、代官山蔦屋書店さんをはじめ、来年までの予定を合わせると、計13回のトークショーをする。
 これは旅の仲間たちに、また戻ってきましたよ、と挨拶代わりにするものあり、友人関係が復活したり、あらたに広がりそうなので、とてもうれしい。
 この15年なかった現象である。
 15年前、僕は、より良い小説を書くために、良い環境を求めてこの下田にやってきた。
 そしてようやく、レベルの高い小説を完成させることもできました。これは来年のお楽しみ。
 それもこれも、こうした一連のみなさんのおかげだと、心から思う。
 旧年中は、大変お世話になりました。
 来年もまた楽しく、読んで面白い、読んでよかったと思っていただけるような小説やエッセーを書き続けたいと思います。
 どうぞ、応援よろしくお願いします!
 ではみなさま、良いお年をお迎えください。

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2017年12月15日 (金)

ミツバチに恋した男~ミツバチが世界を変える…かもしれない?

 下田市内の山に近いところに高橋養蜂園がある。一度遊びに来て下さいよと、高橋君に言われて行ってみることにした。

 養蜂園とは、ミツバチから蜂蜜をとって商売にすることである。普通に僕はそう考えていた。
 自宅は祖父が住んでいた家で、下田に来てまだ二年、子供の頃に夏になれば、祖父母に会いつつ、海水浴に来る場所であったと言う。ご両親は下田の出だが、彼自身は、神奈川県で育った。
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 彼の家の前には、ブルーベリー畑があった。花が咲けばミツバチのエサになる。ブルーベリーは無農薬でも育つので、選んだという。
「ミツバチは農薬に弱いんです。だから農薬を大量に使う田んぼが近いところなどでは、養蜂園はできません。この辺は田んぼが少なく山がちなので、ミツバチにはいいんです」
 蜂蜜の話になるかと思っていたので、思わずジャブを食らったような感じだ。
「蜂蜜ではなくて、ミツバチ?」
「そうです。農薬が苦手なミツバチが暮らせるところなら、人間にとっても最高に暮らしやすい環境になるじゃないですか。僕はここに、ミツバチの楽園を作りたいのです。ミツバチの楽園は、すなわち人間にとっても楽園ですよね」
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 GAPの帽子を深々とかぶる高橋君は、軽トラで僕を山の上に連れて行ってくれた。
 ミツバチの巣箱が、日当たりのいい場所に集められている。冬は数万匹が越冬し、最盛期には数百万匹になる。
 途中は、穴ぼこだらけの険しい山道だった。それでもかなり良くなったのだと言う。かつてはミカン畑だったのが、地主が高齢化で世話をできずに、荒れ果てた。今ではシカやサルの楽園になっている。
「シカはミカンの木の皮を食べて、全部木をダメにしちゃいました。だからこれから植え直すのです」
 山頂にほど近い場所が切り拓かれていた。
 青い空を仰ぎ見て、思い切り清らかな空気を吸い込む。まさにそこは、楽園である。
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「友人のTさんが手伝ってくれるおかげで、助かっています」
 Tさんは、今年下田に移住してきた。草刈り機も使えなかったのが、今ではチェーンソーでさえへっちゃらだ。山道の補修も彼がしてくれるという。力持ちでもあるらしい。
「元はと言えば、駅前で土産屋をやっているNさんが、僕の蜂蜜に目を付けてくれ、店に置いてくれたのが始まりなのです」
 Nさんは、デザイナーのW君を紹介し、W君が蜂蜜の容器や包装紙、案内文を作ってくれた。 
 D君は、南伊豆でわずか十年足らずで農業法人と林業の会社を立ち上げた若者だ。彼らが木の伐採などを引き受けてくれたという。
「二年前は、たった一人で、誰も友人がいなくって、どうしたらいいのかホントにわからなかった 。それがNさんが色々な人を紹介してくれて、みんなのおかげで、蜂蜜も売れるようになってきて、ゆくゆくは、観光果樹園もやりたいんです」
 高橋君は、夢と理想に向かって頑張っている。
 そんな彼を理解し、応援してくれる仲間が生まれた。
 そのことが、とてもかけがえのないことのように思えた。
 一人の理想郷などあり得ない。
 仲間がいてこその高橋養蜂園なのである。
 ここの蜂蜜は、そんな仲間たちの愛情がたっぷりこもっているようで、とても優しい味わいである。
 妻いわく、「いがらっぽかった喉に抜群にきく」のだそうだ。
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 今では父母も下田に戻った。
 加工場と店舗、事務所の建設も近いうちに始まる。
 高橋君は、恥ずかしそうに、「お嫁さんがほしいです」とつぶやいた。
「でも蜂蜜を好きな女性は多いのですが、ミツバチが好きな女性はなかなかいなくって」
 そう、高橋君は、ミツバチに恋してしまったのである。ちなみにミツバチの90%を占める働き蜂はメスである。
 それでも興味のある女性は、ぜひ見学においで下さい。
 ここは、人間にとっても、理想郷なのだから。
http://takahashihoney.net/

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2017年12月 8日 (金)

こんなに凄い奴がいた!「イスタンブルで朝食を」サラーム海上著

サラ―ム海上さんをご存知ですか?

僕は何年も前からNHKFMラジオの「音楽遊覧紀行」を聴いていたので、名前だけは知っていた。
それが最近FBで友達になったので、いろいろやりとりするようになり、先週末から初めて彼の著書「イスタンブルで朝食を」(双葉文庫)を読みだした。
するとこれが面白い!
僕はトルコでは数カ月絨毯屋で働いていたことがあるし、中東から北アフリカ、地中海沿岸国も、ほぼ行ったことがある。
しかし、サラームさんが、注視しているオリエント世界について、料理の点でも、どうもはっきりしないところがあった。
それがこの本を読み進むうち、また音楽遊覧紀行や、サラームさんのHP、FB、ツイッターなどで紹介される音楽、料理を紐解くうちに、徐々に僕の体に染み込むように、これまで旅したオリエント世界で食べてきた料理が、なんだったのか、わかるような気になってくるのであった。
僕の中では、いつもこのオリエント世界は、イスラム教という分厚く高い先入観の壁に閉ざされていた。
世間でよくあるような、豚肉はダメとか、酒はダメとか言うやつで、どうも否定的に入ってしまうのである。
ところがサラームさんは、もちろんそんな宗教的なことなど、最初からわかっているのだが、そんなことより、自分が感じる音楽の素晴らしさ、料理の素晴らしさを、追い求め、ズンズンと地元の人の懐に入っていってしまうのだ。
どれだけ人懐っこい人なのだろう。そして必ずSNSでやりとりし、より関係を深め、広げていっている。
そして今年彼がDJを務める「J-WAVE ORIENTAL MUSIC SHOW」(ネットでも有料で聴ける)が「日本民間放送連盟賞ラジオエンターテインメント番組部門最優秀賞」を受賞した。
いったいこれまで、彼ほど、オリエンタル世界の魅力を、なんの偏見もなく、スーッと紹介してくれた人はいただろうか。
オリエンタル世界が、パーッと開けてくるような爽快感を味あわせてくれるのだ。
そして旅した風景の中に、瞬時に舞い戻れるかのような錯覚すら与えてくれる。
あの時に食べた料理はこれだったのか、そうだ、トルコはナス料理の世界一の遣い手だ。ヒヨコ豆をはじめとするディップが美味し過ぎて、どれだけメイン料理を食べ損ねたことだろう。サラダの感性は、ヨーロッパ料理以上だね。
サラームさんは、「メイハネ」と名付けて、日本中でオリエンタル料理を自ら作って紹介してもいる。
凄すぎて、言葉にならない。
来年は、必ず、サラームさんの手料理を食べるのだ。
FBで、とてもうれしい出会いがあったものである。
よかったら、サラームさんのメイハネに行ってみませんか?
あるいはどなたか、イベントを企画してみませんか?
http://www.chez-salam.com/
どっちもやりたいなあ。

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2017年12月 1日 (金)

SNSの発達とトークショーが作家を変える?

今週の火曜日、横浜・磯子の「ナマステキッチン」でトークショーをさせていただいた。

古くからの読者であるMさんの計らいである。
彼女と出合ったのは、昨年の冬、マレーシアはマラッカのゲストハウス「ホテル・ホン」だった。
このホテル、ツインで1泊20ドル程度と割安で、しかも新しく、インド系のスタッフが丁寧に掃除してくれるので、いつもピカピカ。水やコーヒー紅茶は飲み放題で、屋上は洗濯物干し場になっている。時にはカレー味のパイのおやつまで出る。
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インターネットは自由に使い放題、プリントアウトもできるし、バスターミナルへの送迎サービスも行っており、ここまでサービスの行き届いたゲストハウスはそうはないだろう。
僕は自慢じゃないが、ホテル勘はいいほうである。ホテル予約サイトで調べて、たいてい文句のないところをいつも見つける。
この「ホテル・ホン」は、そんな僕でも、当たりに属する方だった。
中国人の大家族が泊まった時は可笑しかった。みんな部屋を開けっぱなしに、まるで自宅にいるかのごとく、パジャマ姿でうろついているのだ。
靴を脱ぐホテルなので、タイルの冷たさが気持ちいいのであろう。
誰もがこんな風にとまではいけないが、とにかくくつろげる。
僕と妻はここに一か月逗留した。
その間に出合ったのがMさん御一行である。
めずらしく日本人が泊まりにきたので、しかも団体だったのでびっくりである。
「岡崎大五さんじゃないですか?」
Mさんに声を掛けられ、二度目のビックリ。
「添乗員騒動記以来のファンなんですよ!」
なんでも彼女は、僕に倣って、私設添乗員として、これまで100回以上もマレーシアに友人たちを引き連れやってきているというのだ。
しかもホテルも、こんなゲストハウスの時もあれば、高級ホテルの時もある。友人のマレーシア人の家に厄介になったり、逆にマレーシア人が、横浜の彼女に家に泊まりに来たり。
旅行の楽しみをすべて味わい尽くすかのような選択ぶりは、プロも顔負けというか、彼女しかできないことだろう。
ツアープランはすべて自分で考え、飛行機やホテルなどの手配もすべてお手製なのである。
Mさんは自称マレーシア親善大使とおしゃったが、事実、マレーシア親善大使なのだった。
そんなお話を少し聞いただけで、僕は凄い人がいるのものだと、彼女に脱帽である。
帰国後、MさんとはSNSで連絡を取った。下田にも遊びに来てくれ、いけみかなこの絵の個展にも来てくれた。
今回は、僕がトークショーで横浜に出向いたのだが、それもMさんが招いてくれたからである。
この秋、今回のトークショーはすでに5回目。集客も含めて、友人との関係を深くするにも、SNSの凄さを感じている。
SNSがなかったら、トークショーなんて、開けなかったし、どうやって、作家としての活動をアピールしていいか、その手段で悩んでいたのだ。
今回トークショー、SNSを通じて、僕の作家人生に、光明が差しこんできたような気がするが……。
ひとまず、Mさんに感謝の意を伝えなければならない。
お呼びくださり、ありがとうございました!

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