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2017年5月29日 (月)

通じる悦び、通じぬ憂鬱

『伊豆下田料理飲食店組合事件簿』の連載を始めて一か月、小説が、人と人をつなげるツールなのだということを、あらためて感じている。

登場する各店を取材させてもらって、料理を食べ、登場していただける店主たちの人柄に触れて、この物語は出来上がった。さらに制作陣のデザイナーたちや、冊子を本屋などに配達、集金する「伊豆下田100景」スタッフたち。彼らの熱心さがなければ、この超ローカルな小説は成り立たなかった。
そうして町では、年配の男性から「おもしれえじゃねえか」と声を掛けられ、若い女性の人たちからは、「面白いって噂なんです」と言われて、しかもみんな、友人知人が、この小説に出てくることにワクワクしてくれているのだ。
こういうのを作家冥利というかもしれない。
わざわざ遠方から、問い合わせていただき、購読してくれた人もいる。
本を書くことを生業にして二十年、いまさらと思われるかもしれないが、作家としての悦びを深く、ふかーく感じているのだ。
下田が小さな町ゆえに、僕の小説を読んで喜んでくれている人の顔がすぐそこに見える。
ああ、こんな人の笑顔を作るために、僕の小説はあるんだなあ。
はっきりそうと、どんなものを書けばいいのか、愛情たっぷりに教えてもらっているような気がする。
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反面、通じぬ相手に暗澹たる気分にさせられることもある。先週末に勃発したある事態に、ここ数日、憂鬱な日々を送っている。
これは僕にしてはとてもめずらしいことで、日々を健やかに気持ちよく暮らすために、下田に移住し、十分満たされているにもかかわらず、不意に厄介な事態が訪れたのである。
詳しくは書けないのだが、正直、人と通じぬ苦痛を生まれて初めて感じた。
すると朝日新聞の書評欄に、敬愛する作家の帚木逢生先生の著作が紹介されていた。
ここ数年で彼の名著『閉鎖病棟』ほどに感銘を受けた小説はない。
その小説の手法の根底にあったのが「ネガティブ・ケイパビリティー」なるものだと初めて知った。
通じぬ相手に対面した時、直ちに解決できない状況に対して、結論を急がず、事象を見つめつづけることで、できない状況を受け止めるというものである。
『閉鎖病棟』は精神疾患の人が多く出てくる小説なのだが、実に我慢強く、登場人物が取る不可解な行動が描写されている。
そして最後に、その不可解さが氷解した時に、とてつもない大きな悦びが、感動となって胸の奥から湧き出してくるのだ。
翻って僕の現実……。
まあ、しょうがない。
通じぬ相手とであっても、ここは辛抱強く、解決を待たねばなるまい。今週前半に解決すればいいけどなあ。
帚木先生の記事を読んで、「答えの出ない事態に耐える力」は、人間にとって、とても大切なものだと教えられた。
ほんと、教えられることの多い日々ですな。

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