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2016年5月 9日 (月)

浜松祭は凄かった!

 毎年5月のGW中に浜松祭が催されている。

 僕の出身地は愛知県の岡崎なので、近いこともあり、それが凧揚げ祭りであることは、僕も子供の頃から知っていた。
 しかし、いつしか、この祭が凄いことになっていたのだ。
 昭和50年代に行政を中心とした組織に改変すると、それまで50町程度だった参加町が、今や174町まで拡大、祭期間中は150万人の人出という、静岡県を代表するような大きな祭りへとなっていたのだ。
 起源はそもそも450年余年前の江戸時代。当時浜松を治めていた引馬城主の長男の誕生を祝ってのものだったとか。
 明治に入って盛んになって、各家庭の長男の誕生を祝う(初子)祭になって、凧合戦も盛んになった。
 会場となる中田島の広い緑地には、スタート前から練習用の大凧が空高く舞っていた。法被姿の男女がみんな実に楽しいそう。
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 午前10時のスタート時には、各町の幟が本部前に集合。
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 一斉に大凧が宙に舞う。
 取材させてもらった山岸家では、長男の洋登(ひろと)君(1歳8カ月)の初凧揚げだ。これを家族のみならず、町内会でも祝ってもらう。日本らしい、というか、アジアらしい子供を祝うところがいい。
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 町内の人たちが必死になって、落ちないよう傷つけないよう洋登君の凧を揚げるのだ。
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 真ん中で肩車されているのが洋登君。彼よりもお父さんやお母さんのほうがうれしそう。(そりゃみんなに、祝ってもらっているんだもんね)
 
「子供は町内のみんなで育てる。子供がこの祭でお披露目されると、防犯上にも役立つんだよ」とは、町内の人の話。なるほど。地域社会がこうして形成されていくのだ。
「僕も45年前にやってもらったんです。もちろん覚えてないですが。自分の子供にもどうしてもやってやりかったんです」
 こう語る山岸さんは、奥様ともども、幸せと感動を、体の奥で染み込ませているようだった。
 夜は町中に御殿屋台の引き回しがある。ここでは女の子たちが主役だ。笛や太鼓を鳴らし、甲高い可愛い声でお囃子を奏でる。
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 浜松祭は朝から晩まで3日間行われる。しかもすべてが組織立っていて、実にしっかりしている。
 この祭を観ていると、製造業を中心に、昭和50年代以降、浜松が隆盛した理由がわかるような気がした。
 浜松祭の運営が、工場の運営に似ているように感じたのだ。そんな企業風土は、僕の出身地がある愛知県の三河地方まで続く。
 同じ県内でも、大井川の東側とは様相が違うようである。
 祭が盛んになると時を同じくして、浜松の企業も大きくなった。そんな浜松50年史が、この祭の中にオーバーラップして見えるようでならなかった。

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