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2016年1月22日 (金)

マラッカ滞在(その1)

 先週からマレーシアのマラッカに来ている。

 日本を出る頃に気管支をやられたせいか、のどの調子が悪かった。それがクアラルンプールの安ホテルのクーラーで(たぶん)悪くして、マラッカについて二日間風邪のような症状で寝込んだ。
 大量の汗をかき、快癒したのだが、これでなんだかニッポンが体の中からこそげ落ちたようでさっぱりだ。
 日本からの友人も無事到着、しばらく一緒に遊んだ。
 その友人夫妻も今朝、クアラルンプールに旅立った。
 僕がマラッカを彼らに案内したのだが、考えてみれば、この町に来るのは30年ぶりのこと。067
 当時変わらぬ風情のマラッカの町中
 当時二十代だった僕は、ひとりで金子光晴の足跡を足跡をたどる旅をしつつ、僕自身、金子と同じく、このマレーの美しい自然や人々、おいしい食事にうっとりしていた。
 まるでも夢でも見ているかのような青春の旅だった。
 そして青春の夢ような旅路は、そのまま夢のように流れ、今年30年ぶりにまたここにやってきたのだ。
 マラッカは、何もかもが変わった。
 まず町がきれいになった。
 ホテルや土産物屋、レストランなどが立ち並び、ツーリストの町になっている。
 すぐそこにあったマラッカ海峡が、埋め立てでずいぶん遠くになった。
 インド人街を歩いていると、リーゾナブルな服屋があったので、バティックのシャツを買った。
「マラッカは初めてですか?」
「それが三十年ぶりで」
「なんと、まあ」
 インド系の服屋の店主は、夫婦ともに目を丸くした。
「この町の変わりように驚いたでしょ?」
「ええ。あの頃は、夕方になると暇な男たちが海のそばの河口に集まりのんびり釣糸を垂らしていたものでしたね」
「そうそう。でも埋め立てで海が遠くなってしまった……」
 今や誰もそんな風に夕方の一時を過ごす人などいない。
 あのマラッカ海峡の美しい夕陽を見るのでさえ、どこに行ったらいいのか。
 だから友人が夕日が見たいという希望をかなえてあげられなかった。
 あの頃僕も海の近くで、釣り糸を垂らす多くの人たちと、ぼんやりと夕日を眺めていたっけな。
 それが今では、金、土、日は町中のジョンカーストリートが歩行者天国になり、夜市が開かれて、観光客でごった返すのだ。
 この町を十数年ぶりに訪れている妻は、会う人ごとに「また来るからね」と言っている。
 それくらいマラッカが好きになったみたい。
 もちろん僕も今のマラッカも大好きだ。
069
 インド系の服屋のご夫婦と三十年前のこの町の話に花が咲く。
 そうして三十年という月日の長さが感じられるのも、なんだかジーンと来ちゃうんだよなあ。
 

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コメント

大変ご無沙汰しております。覚えていらっしゃいますか?お姿拝見し、お元気そうで何よりです。マラッカ当方1999年に訪ねて以来ですが、30年振りですと変わってるかも知れませんね!当方もちまちま旅をしておりますが、最近は沖縄が気に入っております。

投稿: 古里 | 2016年4月 4日 (月) 20時57分

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