『俺はあしたのジョーになれるのか』本日発売!
本日、新刊が発売になります。
タイトルはなんと、『俺はあしたのジョーになれるのか』(祥伝社文庫)

http://www.amazon.co.jp/%E4%BF%BA%E3%81%AF%E3%81%82%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E7%A5%A5%E4%BC%9D%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B2%A1%E5%B4%8E-%E5%A4%A7%E4%BA%94/dp/4396338945
まさかこんなタイトルになるとは、考えてもみなかった。本文中にあしたのジョーの記載はあったが、これをタイトルに引っ張り出してきたのは編集長のS氏である。
ぼくは断然、このタイトルが気に入った。
『あしたのジョー』が40周年だからとか、ビッグネームだからという理由ではない。
まだ作家デビューする前に、ぼく自身山谷の簡易宿泊所で、コツコツと小説を書いていた。初めは日雇い労務者をやりながら、やがて海外専門の添乗員となり、それでも簡易宿泊所に住んでいた。
なぜなら年間250日間も海外にいたので、宿でよかったのである。それに、日本に帰ってきて、三十歳になり、日本で一からやり直してみようと山谷に居ついたのだ。
一からやり直すとは、ぼくにとって作家になることだった。肚を決めて人生に取り組むことである。
作家デビューのチャンスをうかがって、日本にいるときは、三畳しかない宿泊所の小さな机に向かって、小説を書いていた。新人賞にも応募したし、出版社に原稿も持ち込んだ。ことごとくダメだった。
この時、うわ言のように唱えていた台詞があった。
それが、「俺はあしたのジョーになれるのか」である。
山谷から、日本の最底辺から、作家を目指すのだ。山谷には強烈な負のエネルギーが渦巻いている。一度足を踏み入れると抜けられなくなる安逸がある。
これを正のエネルギーに変換させるのは容易なことではない。だからこそ、デビューできれば、きっと作家として食っていけるようになれる力が蓄えられると信じていた。
当時、文章を書いて金をもらえたのは、『旅行人』だけだった。宿の女将がぼくが留守の時に電話を取り次いでくれている。
「あんた、また編集者の女性の方から電話があったよ。きっときれいな人なんでしょうね。背が高くて颯爽として、パンプスを履いてて、カッコいい女性なんだろうね」
彼女がそう話す女性編集者とは、ご存知の方はご存じの旅行人のO川K子さんである。
「おばさん、正反対ですよ」とも言えないで、女将はいまだにきっと偶像を胸にしまっているにちがいない。
そうこうするうち、旅行人が出版社となり、そんならぼくの本も出そうとなって、やや意外な展開でぼくは作家デビューを果たし、山谷を後にすることにした。
今回このタイトルをいただいて、もっとも感激したのはぼく自身であった。ぼくの山谷暮らしがこの本には反映されている。
すなわちぼくの人生そのものが、この本の中には埋まっているのだ。
ぼくにとって、「俺はあしたのジョーになれるのか」は人生の真実以外の何物でもない。
もし最後に一作品だけ書いていいと言われたら、何を小説に書くのか?
そんな自問自答の中で選んだのがこの小説である。
どうしても、これまで小説では誰も書いていない、山谷を書いておきたかった。
時代の流れの中でも最後のチャンスかもしれないと思った。
それほどこの二十年で、山谷も様変わりした。
この小説を温め始めたのは、もう十年も前、新婚の友人宅に招かれ夕食を囲んだときである。友人が是非に書いてみろと言ってくれたのである。
その友人も、今年ようやく日本に帰ってきた。
「あしたのジョー」をタイトルに使わせていただくにあたっては、版元の講談社、著作権者のちばてつや先生、梶原一騎先生の奥様に承諾をいただいた。
本のタイトルは商標権の範囲にあたらないが、当然の礼儀であるからだ。
関係者の皆さんに、重ねて感謝申し上げたい。
一風変わったタイトルのこの本は、そんなこんなで出来上がったわけである。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。












コメント
買いました!
明日電車で読み始めます!!
投稿: せい | 2014年2月19日 (水) 23時12分
ありがとうございます!
投稿: | 2014年2月21日 (金) 09時06分