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2009年7月31日 (金)

夏よ来い!

7年ぶりのカビ大発生である。

七年前の2003年は、下田に越してきたばかりで4月からずっと天気が悪く、長雨が続いた。おかげで革製品などに緑色のカビが付着し、散々手入れをさせられた。この年は冷夏にもなった。

これほど湿気の多いところでは、暮らすのが厄介だなと、翌年梅雨時には中央アジアを旅して梅雨を逃れたのだが、四十度を越える中央アジアの暑さにくらくらしながら帰ってくると、日本もまた晴れで気温の高い夏が長く続いた。聞くところによれば、2004年は空梅雨だった。

なかなかうまくいかないものである。

翌2005年は諦めて、梅雨時にこちらにいたのだが、革製品がそれほどかびることもなかった。三年目にして、ようやくここの気候に慣れたような感じであった。

今年は二週間前の海の日を境に、雨が続いた。本来なら夏になるはずのところが逆である。海水温も例年より冷たいままだ。ちなみに昨日の近所の入田浜の水温は二十一度である。裸で入るにはよほど天気がよくなければ寒い。

この二、三日は、少し晴れ間も見えるようになり、昨日、今日と妻と二人で家中のカビをふき取った。

革靴、下駄箱、洗面台の横のラック、キッチンの引き出しなどである。

涼しい今日は、湿気も少なく快適である。

カビ対策をしおえて、秋発売予定の原稿も初校が終わり編集者に送って一息ついた。

昨夜は、敬愛する絵本作家で鳥の巣収集家の鈴木まもるさんと飲みにいった。先日NHKハイビジョンで放映されたナミビアの鳥の巣の取材話や、奥様で、童話作家の竹下文子さんが、産経児童出版文化賞フジテレビジョン賞を受賞した話などを聞いた。

また二人の共著『そいつの名前はエメラルド』(金の星社)が今夏の第55回青少年読書感想文全国コンクール課題図書に選ばれている。

児童書と一般書は同じ出版界でもまったく接点がないほどに違う。

でも大先輩の二人がこつこつと日々仕事を続けていっている話を聞くのは楽しいし、大いに励みにもなるものだ。

飲み屋では、友人たちも偶然出会い、夜更けすぎまで盛り上がった。

それで今朝、カビ退治も終了し原稿も送付し、身も心もさっぱりとした。

来週からは次作の下調べが始まる。

一緒に暑い夏がきてくれるといいのにな。

ヒグラシの金属的な鳴き声を聞きながら、曇った空をうらめしく眺めた。

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2009年7月24日 (金)

裸族おなら人

 我が家では、ずっと「おなら」のことが問題視されている。

 問題視しているのは、もちろん妻である。

 一ヶ月ほど前から執筆の関係で、日本人、外国人を問わず、いろいろな人にインタビューした。その度に妻は、おならのことを聞きまくっていた。

Aさんはおならをしますか?」

「ぼくはそんな、相手が嫌がることなんてしないさ。したくなったらトイレに駆け込む」

 こう答えたのは、美人妻を持つペンションオーナーである。

「人前で音を出すのは、よくないですよ。ゲップにしろ、おならにしろ。気にしない人もいますが、ぼくはしません!」

 きっぱりとこう答えたのは、フランス人のPさんである。

「おれもしないなあ。おならは感心しないね」

 いつも正体をなくすまで酔っ払い、みんなの顰蹙を買うこともあるアイルランド人のNさんでさえ否定する有様である。

 おかげでぼくは追い込まれつつあった。いまのところ我が家の規則では、おならをしても「エクスキューズミー」と謝らなかったら罰金100円で、カレンダーに「お」と記載されることになっている。年末になると「お」の数を計算し、罰金が貯金に回るシステムである。

「みんなも結構おならはしないみたいだし、この際だから、我が家でもおならを全面禁止にしない?」

 と妻は、日常会話の中におならの話題を巧妙に滑り込ませる。

 そのたびに、ぼくは強く否定していた。

「おならを我慢するのは体によくない!」と。

 すると先日、友人のYさんが、こんな愚痴をこぼした。

「疲れて勤め先から帰ってくるでしょ。夏場なんて、夫(在宅仕事)と息子がトランクス一枚で迎えてくれるのよ。そんな二人の姿を見るたびに、なんだか余計に疲れが出ちゃう。まるで裸族なんだもの」

ぼくも夏は上半身裸で仕事をしている。でも一応妻と一緒にいるときは、ノースリーブくらいは着ているし、トランクスの上に半ズボンも穿く。

「……それでね、夕食を食べるでしょ。すると今度は二人しておならよ。もう、幻滅よね。一応息子は謝ってくれるけど」

「そうですかあ! そうだったんですかあ!」

 とぼくは思わず、深々と頷いていた。快哉を叫びたい気分であった。

 こんなところに仲間がいたのだ。トランクス一丁で部屋の中をうろつき、堂々と、食事時にさえおならをしてしまうつわものが……。さすがのぼくでも食事時は避けているのに……。

 堂々たる裸族おなら人が現れたのだ。

 Yさん宅では、二人の裸族おなら人が胸を張って生きている。

 昨日、アメリカから帰ってきた妻にこのことを話すと、Yさん一家のことを知っている彼女は絶句した。

 そう……、人は見かけによらないのである。

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2009年7月17日 (金)

新刊発売!

 昨日、完成した新刊が送られてきた。

 執筆を始めてから、11ヶ月が経っている。しかし最初の構想が生まれたのはずいぶん前のことである。

 たぶん六年以上は経っている。なぜなら、まだ東京にいた頃生まれたアイデアだからだ。それはほんの小さなものだった。ヨーロッパのどこかの井戸から中に入って、異界とつなげてみたいと思ったのである。

 その後、日本の地下鉄を舞台にしたいと考え始めたら、『踊る大捜査線』のスピンオフ作品『交渉人 真下正義』が公開されてしまった。この映画では東京の地下鉄が舞台だったのだ。加えて日本の地下鉄を取材する難しさも肌で感じた。地下鉄は国防も絡んでくるから、非公開の部分も多いのである。

 翌年『旅行人』が「アンダーグラウンド」と題して世界の地下世界を紹介した。これが2006年である。とくに目を引いたのが田中真知さんの書いたパリの地下カリエールの話であった。カタコンベくらいは知っていたが、カリエールのことなど知らなかったのだ。

 それから二年間暖め、昨年の夏に企画化、秋から執筆を始めたのが本書『アフリカ・アンダーグラウンド』である。

 今年の一月、ようやく初校を書き上げ、編集者に送った。すると二ヵ月後呼び出され、担当編集者と編集長に、みっちり三時間さまざまな指摘を受けた。

文章がなってない。相変わらずモノローグが多すぎる。小説とは生き生きとした場面の連続でなければならない。話の筋が見えてこない……等々だ。

具体的な作品を前にしての批判であるだけに、骨身に染みた。三時間の打ち合わせがおわると、もうフラフラになっていた。

それからは必死だった。傑作にしたいと強く思った。原稿用紙換算で百枚近く削って、七十枚くらい付け足した。読みにくかった部分を読みやすく構成し直し、小道具がより効果的になるよう筋も変えた。

苦労したのは、最後の最後まで種を明かさず読んでもらえるようにすることだった。

結果、手応えのある作品に仕上がった。

発売日は7月24日です。

『アフリカ・アンダーグラウンド』(祥伝社文庫)、どうぞよろしくお願いします。

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2009年7月10日 (金)

問題集になりました

 今週、さる教育関係の出版社から「作品掲載許諾のお願い」といった内容の書面が届いた。これまで点字本の許諾をしたことはあったが、教育関係からは初めてである。

 添付の書類を見てみると拙著『日本は世界で第何位?』(新潮新書)の中から、世界の肥満度に関する記述が抜粋されて、国語の問題となっているのだ。

 地理ならわかるが、国語である。

 ぼくの日本語文章が間違ってなかったということである。当たり前だが……。

 問1は、カタカナを漢字で書くのと、漢字の読みだ。

 問2は、空欄にあてはまる語や数字を入れるというもの。

 問3は読解力の問題である。

 以降問8まで読解力の問題が続くが、いずれも字数の制限があり、筆者でさえも頭を使わなければ解けない。

ムムム……こんなことを中三の子供たちはやっているのか。

これは新学社の「平成21年総まとめ国語三年」という問題集に収められるのだ。

昨日バーベキュー大会があったので、コピーして友人、知人に見せびらかした。教育関係の人たちもいて、「凄いですね」とほめられて、いい気になったところだ。

本を読んでもらえるのはもちろんうれしいが、ぼくの本など読まない中三のみんなが問題集というかたちでも、ぼくの文章に接してくれるのも、またうれしいものである。

ホクホクした気分でバーベキュー大会は終了し、最後にぼくと妻、一組の友人夫妻が残った。彼らは酒が強い。そして奥方は酔うほどに舌が滑らかになる性格である。

「岡崎さんねえ、この前の小説、いまいち納得がいかなかったわ。ラストシーンがあっさりしすぎて、最後まで読者を引っ張る力に欠けていたと思うのね」

「オイ、おまえ、酔っ払っているからって失礼だぞ。すみませんねえ」

 ご主人が言ってくれるが、奥方の言うとおりなのである。しかしぼくも負けてはない。

「再来週発売の『アフリカ・アンダーグラウンド』(祥伝社文庫)は、最後の最後まで、読者を飽きさせないですよ。これはもう自信があります。必ずや納得してもらえるはずですよ」

 ぼくも酔っ払っていたので、大きく出た。

「本当? 本当に?」と奥方。

「本当です!」とぼく。

 この夜は神津島の名焼酎盛若の「華」と、静岡は富士宮の富士高砂酒造の銘酒「駿州 中屋」がメインの酒となっていた。

 心地よい酔いに浸りながら、妻の運転で家路についたのは十一時過ぎである。

 

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2009年7月 3日 (金)

骨休め

 数年ぶりに箱根に行ってきた。

 この春から人生初の忙しさで、休みをすっ飛ばしたのも一度や二度ではなかった。先週もまた休めず、しかしこんなことではいかんと思って、二日間休みを取ったのである。

 だから箱根行きは、人生初の骨休みと言ってよかった。だいたいこれまでは、骨休めするほど仕事で疲れたことはなく、またそれほど仕事もなく、どちらかと言えば、明らかにヒマな人生を送ってきている。

 だからしみじみ、箱根へ向かう車の中で、

「これが骨休みなんだなあ」

 とぼくは呟いていた。

 骨休めなのだから、のんびりすればそれでいい。

 伊豆高原から伊豆スカイラインに960円も払って乗っても、一面霧で何も見えない。ふつうなら「通行料を返してくれ!」とでも言うところ、なにせ骨休めである。全然問題にしなかった。

 伊豆スカイラインから熱海峠、十国峠を経て芦ノ湖に降りる。ここでもまた霧の中である。一応箱根の関所を見学し、強羅に向かった。途中、彫刻の森美術館近くのそば屋で鴨南蛮そばを食べ、強羅から左に折れて、目指すはポーラ美術館である。

 入場料は1800円。高っ! さらに駐車場まで500円取られる。ここでもぼくはたいして文句は言わなかった。なぜなら、美術館の入場料は妻の負担だったからである。

 高いけれども、名画揃いのところはさすがだ。大好きなルソーの作品も良かったし、今度のぼくの小説で登場するフランス・ブルゴーニュ地方の小さな町、オーセールを描いたシニャックの作品も明るい色調でよかった。大好きなスーラもあったし、シャガールの描いた小さな町の家々がとても可愛かった。

 ガラス張りの一階からはヒメシャラの林が見通せ、また広々とした贅沢な空間は、ゆったりとした気持ちで絵画鑑賞できてとてもよかった。骨休めなのでなおさらである。気持ちがすっきりとした。

どうしてだろうか、名画を見ると心の中に溜まった廃棄物のようなものがきれいになくなる気がする。逆に素人の絵を見せられると、胸の中がざわつく。

その後、三時にはホテルに入ってのんびり湯に浸かり、部屋で一杯飲んでごろごろする。エステに行っていた妻が帰ってきて、テレビを観ていると、七時半の夕食だ。

仲居がいないのもいいし、レストランでの夕食もいい。最近はおもてなしとは名ばかりの押し付けがましいサービスのないホテルが人気のようだ。

平日にもかかわらず、レストランには大勢の客がいた。オシャレな和洋折衷料理に舌鼓を打って、食後は夜の町を散策である。

翌朝はチェックアウトギリギリの十一時頃まで、妻はスケッチ、ぼくは登山列車に乗ったりして過ごし、御殿場のアウトレットでショッピングをして帰宅した。

ドライブ、温泉、美味しい料理にショッピング、骨休めとはこういうものかと思った二日間である。

たしかに頭と財布は空っぽになった。

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