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2009年6月26日 (金)

寄る年波

今週に入ってようやく波がよくなってきた。

今年は四月からサーフィンしているのだが、昨年同様、波のコンディションがよくない。五月に一度よくなったが、その時は忙しく、到底海になど通えるような状況ではなかった。

今週、仕事の区切りが見えてきて、十日ぶりの休みに海に行った。翌日にはさらに波が高くなり、今シーズンのベストコンディションである。

昂ぶる気持ちを抑えつつ海に入った。

波の高さは頭半からダブルくらいで、上級者なら最高の波である。右から左へ、あるいは左から右へ波はきれいに崩れる。ただし崩れるポイントにムラがあって、ポジショニングが難しかった。

沖に行き過ぎれば波を捉えられなくなる。手前に居すぎれば、波に深く入りすぎて、波に乗る前に崩れてしまう。

上級者たちがボードに腹ばいになり左右、あるいは沖に行ったり戻ったりを繰り返し、波と波長を合わせようとするのに対し、ぼくはと言えば、時折動くくらいで波を狙って待つばかり。ボードに腹ばいになってパドリングばかりしていると疲れて、仕舞いに、サーフィンどころではなくなってしまうからである。

もはや四十半ばなのである。海上に漂う多くの地元サーファーたちの中では、たぶん最高齢にちがいない。さらにはぼくの場合は、下手さも群を抜いている。ガキの頃からやってきた彼らとはレベルが違いすぎるのだ。

だからと言って、なにも怯むことなどない。波はサーファーに対して平等である。上手い奴がより多くの波に乗れるに過ぎない。下手な者にも必ず数回のチャンスはくれるものである。

しかしこの日はなかなかチャンスが巡ってこなかった。乗れそうな波に、先に上級者に乗られてしまったり、乗れそうになりながらボードの角度が悪くて波に叩き潰されたりばかりだったのだ。

「一本、なんとか一本乗りたい」

 そう願って、荒れた呼吸を整えながら波待ちしていた。

 ついに着た。そう思ってパドリングした。

 スーッとボードが前に進んだ。波の斜面が右手に広がる。「イケる!」と思ったその矢先、下半身の運びが遅く、瞬間的にもたつく間に白波に潰された。

 二時間海上にいても、うろうろするばかりで一向に波には乗れない。疲労感だけが増す。今年初めての大きな波に体が反応できずに、結局海から上がった。

 昨日、リベンジを期して朝から海に向かった。波はもはやあまりない。せいぜい頭程度の高さだ。それでもまたもや下半身が動かなかった。二本ほどは乗ったが、リベンジというより返り討ちにあった気分であった。

今年初めて三日連続サーフィンに行って思った。

なんて体が言うことを利かないのか……。

年だなあ……としみじみ感じた今週でした。

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2009年6月19日 (金)

シークレットメール

 このところ、ちょくちょくシークレットメールが入る。

 それもまともなところからである。

 都心のAホテルは通常の三分の一の価格を提示し、またB観光地のホテルでは半額になっていた。今日は友人を通して、なかなか質のいいタイパッケージツアーの宣伝が飛び込んできた。

 行けるものなら行きたいが、八月か九月に中国東北旅行を考えているので、行くヒマがない。

このところ一ヶ月に一度は上京しているので、都心のAホテルには泊まってもいい。ただし一人で泊まるとなると贅沢である。妻が一緒ならいいが、いまのところその予定はない。中国に行くときにもし前泊が必要ならば考えよう。

先週は新宿のBホテルに泊まった。日曜宿泊だったので通常の半額の値段だ。近々骨休めに箱根旅行をすることになり、こちらも平日を選んだら、半額以下の料金で予約できた。

箱根が近ごろ流行っていると聞いていたが、調べてみると閑散期には思い切り値段を下げて、客足の減少を食い止めているのだ。

東京にしろ、箱根にしろ、インターネットの影響が大なのだろう。もう何年も前から欧米ではインターネットの導入で、同一サービスで料金の上下動が激しくなっている。同じサービスでも繁忙期は空気の値段そのものが高くなるといった発想で、値段が高めに、閑散期では空気の値段が安くなるというように安くなるのだ。

日本は農耕民族なので、みんなで一緒に休む習慣である。

だから、GW、お盆、正月と大型の休みのときには当然のように混む。

しかし農耕民族の習慣から外れる人たちが現れてきた。それが平日箱根を旅する人たちである。だからこそインターネット料金も、欧米並みに上下動するようになったのだ。

もうおわかりだろうが、それを牽引しているのが会社をリタイアした人たちである。彼らはみんなと一緒の時期に休む必要はない。

そんなことは何年も前からわかっていたことだ。

ぼくが言いたいのは、国内の一部旅行関係者が、ようやくインターネットを使って、こういった人たちに向けた新しいサービスを始めたということである。

不況を嘆いてばかりいないで、需要を掘り起こすことがどれだけ大事なことなのか考えさせられる。

送られてくるシークレットメールに、用もないのについホテル泊を考えてしまうぼくである。

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2009年6月12日 (金)

タイトル決定

 先週から新作に取り組んでいる。

 考えてみれば、今年初めての作品だ。去年から手がけている作品を何度も手直ししているうちに、あっという間に半年近くが経ってしまった。

 果たしてこれで費用対効果が適正なのか考えると恐ろしい。

 作品を書くのは文化的なことに思われるかもしれないが、その実商売の側面を免れない。

 一作書くのに時間だけ要して売れなかったでは、作家という職業は続けられなくなるのだ。

 村上春樹の新作が二週間でたちまち100万部に達したと報道されているが、これが同じ業界のことなのだから、余計に驚く。

 いったい何冊書けば100万部になど達するのだろう。そうは思いつつも、今書いている新作は、きっとベストセラーになるにちがいないなどと、妄想だけは人一倍強い。

 今日の午前中で今週の予定量を書き終えた。

 そして来月の出版に向けて作業がはじまった小説の資料を作って、編集者に送った。

 昨日出版社で会議が開かれ、昨年から取り組んできた小説のタイトルが決まったのだ。

 パリとアフリカを舞台にした国際謀略犯罪小説なのだが、『アフリカ・アンダーグラウンド』である。

 祥伝社文庫より7月20日発売の予定です。

 どうぞよろしく!

 自信作です。

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2009年6月 5日 (金)

チビ太

 チビ太が我が家にやってくるようになってから、そろそろ二年が経つ。

 チビ太は家の周囲の森に暮らすヤマガラだ。体長は十五センチくらいとスズメよりも一回り大きい。頭は黒く、モヒカン刈りみたいに白い線が入っている。白い顔に首はマフラーをしたように黒い。オレンジ色の腹に灰色の羽を持つ。「ツツピー! ツツピー!」と鳴くのが特徴で、森を歩いているときなど、ヤマガラの鳴き声を聴いた人も多いにちがいない。

伊豆高原の山の中にあるそば屋で、窓の外でヤマガラを餌付けているのを見つけた。店主に訊ねたところ、ヒマワリの種をやっているという説明だった。

 ヤマガラは種を割って中身を食べる本能があり、ヒマワリの種は、そんなヤマガラの本能を十分満たしてくれる餌らしいのである。

 さっそくスーパーで買ってきて、ベランダに皿を置いて入れておいたところ、来るようになったのがチビ太だ。

 すると数羽のヤマガラも姿を見せるようになり、のべにすると六羽くらいを見かけた。

 毎日のように見ているので、それぞれ個性があることがわかる。体の大きな太っちょは臆病者で懐かない。寝癖がついたように、いつも頭の毛が乱れたやつもいる。鳴き声が汚いやつもいた。

 そんな中、チビ太は真っ先に懐いた。手から餌を食べるようになったのだ。ベランダに出るとどこで見ていたのか跳んできて、電線や木の枝などにつかまってこちらを見て鳴く。手の平にヒマワリの種を置いてやると、急降下してすっと指の先に止まるのだ。嘴で取った餌が気に入らないとプイッとその場で捨てる。しっかりぼくの顔を確認したあと飛んでいく。

 そうして電線や木の枝に止まって、両脚でヒマワリの種を押さえ、嘴で突いて割って中身を取り出し食べるのだ。

 朝、ぼくがベランダに出る前から姿を認めると、羽をバタバタやりながら嘴で窓をノックすることもある。あるいはリビングで昼寝をしていたときには、ぼくの足の親指に止まって、こちらを見ていた。

 鳥は目が左右についているので正面は見づらいようで、首を傾げて目を向ける。そんな仕草は首を振っているようで愛らしい。

 そのチビ太が昨年、ついに恋人を連れてきた。恋人はさすがに手からは取って食べれない。チビ太がぼくの手から取ってきたヒマワリを脚ではさんで割ってやり、恋人に口づけするように食べさせていた。

 なんかぼくに懐いているような話になったが、実はチビ太は妻により懐いている。彼女が手を挙げるとどこからともなく飛んできたりして、指の先に止まるのだ。餌がないことがわかって、「ピーピー」鳴いたりもする。逆にうれしいときなど、餌を持って飛んでいく途中で、「ツツピー! ツツピー!」と喜びの声を響かせる時もある。

 さて、今週の月曜日のことである。

 見慣れない鳥が二羽飛んできた。

 ヤマガラと同型なのだが、体の色が鮮明でないのだ。とくにオレンジ色がはっきりしなく、全体的に灰色である。てっきりぼくはヒガラかと思った。

 しかしすぐにチビ太とその妻が飛んできた。

 チビ太はぼくの手の平から餌を啄ばむと、灰色のやつのところに飛んだ。そして口づけするように割ったヒマワリの種をやっているのだ。灰色の二羽は、チビ太とその妻を追いかけるように森の中を飛んでいた。

「子供ができたんじゃない?」

 と妻が言った。

 我が家に来た鳥好きの人々も、チビ太が懐く光景を見て「めずらしいねえ」と感心している。手から餌を与えられたKサンは「心がポッとあったかくなるねえ。やさしい気持ちになったよ」と言っていた。ぼくの妹など、真冬にも関わらず一時間以上もベランダで、ずっと手に平に餌を置いて、何度も往復するチビ太たちを飽きもせずに見つめ続けた。子供達は一様に目を丸くし、手から餌を与えられると飛び上がってはしゃいだ。

 そして今朝も我が家の周囲にチビ太一家の鳴き声が轟いている。

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