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2009年5月29日 (金)

脳が疲れてましたので

 こんなことは、このブログを始めてから初体験のことだった。のっけから言い訳めくが、この二週間更新しなかったのはそのせいなのだ。

 なんのせいかと言うと、脳のせいである。

七週間前からかなりヘビーな原稿の直し作業が続いた。当初二週間は週休一日で、後半二週間は休みなし。ようやく仕事が終わってできた連休は、黒船祭で三夜連続パーティーである。花火を見たり、パレードを見たり、数軒の顔見知りの出店を訪問し買い食いし、姉妹都市のアメリカ・ニュ-ポート市のブースを手伝い、地元の女子高校生から「中学の頃から大ファンなんです。一緒に写真をお願いします」と言われて有頂天になったりもした。さらにはニューポートからいらした客人を我が家に招いてティーパーティーまで催した。突然大掃除をやったり、深夜まで深酒をかっくらったりとヘトヘトなのだが、祭のあとにもまた今度は資料との格闘が待っていた。

そして東京での取材と次回作の打ち合わせがあり、資料整理ともう一つの原稿直しがようやくおわり、つい昨日ホッと一息ついたところなのである。

忙しいといえばそうだが、忙しいとは目まぐるしい印象である。

本人としては、忙しいというよりも脳が疲れて、二週にわたって、このブログのところまで到達できなかったという思いが強い。

朝八時から原稿をはじめ、夕方六時過ぎにおわると、八時にはもう床に突っ伏すような毎日だったのだ。思えば昨日もようやくシャワーをなんとか浴びて、九時前には床についていた。

もしかしたら、脳が弱いのかもしれない。

最近脳ブームで、脳の訓練法なる本まで出ているが、そこまでヒマではない。自分の文章ばかりやっていると、他人の書くものを読んでおきたくなるのだ。その範囲に脳の訓練法はない。

昨日は米原万理と東野圭吾を読み、『旅行人』のキューバ特集をチェックだけして後に取っておき、『理系バカと文系バカ』に目を通し、資料として地球の歩き方の『大連・瀋陽・ハルピン』を眺めた。

夕方本屋で道尾秀介と奥田英明と大沢在昌を買ってきた。どれも分厚いが、今週末の楽しみだ。楽しみといえばもう一つ、サーフィンがある。まったく行ってなかったので、ようやく日常に戻ったところで波に乗ったり揉まれたりしてみたい。

昨日は波が強すぎて危なかったが、今日はかなりましである。ただ今日はこれから買物に行くので、サーフィンもまた週末の楽しみだ。サーフィンすると、本当に頭の中がからっぽになる。バカになる。これがとても清々しいのだ。

そう言えば、昨日は強風が吹き荒れ、石廊崎測候所では三十三メートルの瞬間風速を観測した。するとまたもや昨年に引き続き、東伊豆町の風車がポキリと折れた(昨年は落雷との説もある)。当面十機全面的に停止だそうである。

風車反対を唱えて、ドンキホーテよろしくロシナンテを模した馬を引き連れ、南伊豆町町長選を戦った塚本誠二郎先生は、あっさりとしかもあえなく破れた。

これだけポキポキ毎年風車が折れたのでは、話にならない。だいたい風車で観光客を呼ぶのだなんて主張する脳が腐った推進派もいる。

ともかく、今週末はぼくの脳に束の間の休息を与えたい。

来週からは新作である。

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2009年5月 8日 (金)

GW中に考えたこと

 GW期間中も週休一日で仕事に没頭していたために、観光客の状況はわからなかった。でも近所のスーパーの人やペンションの人の話では、おおむね昨年より観光客が少なかったそうである。ETCを使えば高速が安くなるからと、どうもみんな遠出をしたのではないかというのが、伊豆・下田界隈の感想だ。

そう言えば、我が家の下の道でも、例年GW期間中は下田駅まで四キロほどの渋滞になるのに、今年は散歩していてもさほど混雑しているときを見かけなかった。

伊豆には経済効果が薄かったETC割引なのかもしれない。

日本の交通運賃はJR運賃を基軸に成り立っている。近ごろは格安バスがあるが、これもかつてはJRの普通運賃を基準に出発している。航空券もそうだし高速道路もそうだ。

ヨーロッパに行くと、鉄道運賃がもっとも高く、ついで飛行機、バスの順になり、乗客も鉄道からバスに向うに連れて非白人率が高くなる。つまり貧しい人はバスに乗り、中間層は飛行機に、富裕層は列車の旅と見事に分かれるものである。結果鉄道利用者は減り、どこの国でも鉄道会社は赤字に喘ぐ。

かたや日本のJRは、JR東海で1000億円以上の純利益を出している。

もし民主党が政権を取り、高速料金を無料化したらどうなるだろうか?

JR運賃を基軸にした日本の交通料金システムが瓦解するのではないのか。

今まで日本は世界でも稀に見る総中流社会を築いてきた。移動費に関しては、富裕層も貧困層も同じ値段を支払い、それでよしとしてきたのが流動的になり、JR運賃、航空運賃、船賃等が大きく値下がりするのではないか。そして価格競争の荒波に巻き込まれ、倒産するような会社も生まれるはずである。現に四国フェリーは、今回のETC割引制度で甚大な影響を受けている。

格差が進む社会の中では、格差に見合ったサービスが生まれるものである。同じく伊豆に遊びに行くにも、列車か車か船かというように。

来月開港予定の富士山静岡空港は鹿児島便があるのだが、値段を聞いて驚いた。片道五万円以上だそうである。いったいどんな富裕層が利用するのか疑問だ。往復十万円あればパリまで行ってこられるご時勢である。ヨーロッパで、格安航空会社を使うとロンドン~マルセイユ便に5ポンド(約700円)などというのも見つけた。

高速道路を無料化すれば、人の行き来は煩雑になる。その経済効果は大きい。同時に痛みも伴うが、どうなるのだろう?

そんなことを考えたGWです。

週末10日、講演会です。

http://www.izu-tenbo.com/news

どうぞお越しください。

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2009年5月 1日 (金)

昭和九年の黒船祭

 5月15、16、17日と今年も黒船祭が開催される。

 知る人ぞ知る下田の祭なのだが、この祭が最初に開催されたのが昭和九(1934)年のことである。途中第二次世界大戦で休止になった年もあったので今年で第70回だ。

観光関連のことを調べていたところ、おもしろい本を見つけた。『近代日本の国際リゾート』砂本文彦著(青弓社)である。

これによると1930年代に今と同じようなビジットジャパンキャンペーンが行われていた。今は国土交通省が主管だが、当時中心になっていたのは新設の鉄道省国際観光局である。九州の雲仙が上海在住の欧米人の避暑地として賑わい、また箱根や日光、軽井沢などが、次々に東京に暮らす外国人たちに人気の観光地となっていた。

そこで政府は、国際観光ホテルを建設することで、国際リゾート地を開発しようとしたのだ。33年には上高地ホテルが、34年には蒲郡国際観光ホテルが、35年には雲仙観光ホテルが、36年には日本初のゴルフ場ホテル川奈ホテルがあいついで開業している。だから近年行われているビジットジャパンキャンペーンは、七十年の時を経て復活した政策なのである。

昭和九(1934)年は、また日本にとってターニングポイントとなった年で、12月に日本政府はワシントン・ロンドン軍縮条約を破棄している。

これを契機に日本は右傾化し、やがて排外主義的ナショナリズムと軍国主義が膨張し、国際社会の中で孤立化していった。核となったのが海軍の太平洋戦略だ。黒船が東京湾に入ってきたならどう防衛するのかという発想のもと、軍事費が増大した。1853年にペリー提督が日本に来た頃と同じ感性である。江戸時代には開国を選択したが、この時は攘夷思想が勝った。今でも何かと言うと、外圧は「黒船」と形容されることが多いが、当時、海軍の中で米国は黒船そのもの、仮想敵国となっていた。

しかし国内に不穏な空気はまだ漂っていなかった。国際的なビジットジャパンキャンペーンに合わせて、日本各地で観光キャンペーンが繰り広げられていた。

下田の黒船祭が開催されたのもそんな雰囲気に後押しされてのことである。そして驚くべきは、第一回黒船祭にグルー米国大使夫妻が訪れ、下田市内を歩いてパレードしていることだ。

ぼくはここに面白さを感じてしまうのだ。当時米国政府は日本政府の方向性(日本にとって米国が仮想敵国であるということ)を摑んでいたはずである。この時アメリカ政府当局者は、黒船祭に関わることで日本との外交チャンネルを作っておこうと考えたのではないか。だからこそあえて大使が一地方都市の祭に参加したのだ。どの国でも外交チャンネルを持つ。例えば日本と国交のない北朝鮮でも、いくつかの外交チャンネルは残しておくものなのである。

そして今でも黒船祭では、米国大使が来てオープンカーに乗って町をパレードしている(今年は新大使が着任しておらず、大使代理になる予定)。米海軍関係者も決まって幹部が参加する。伝え聞くところによれば、これほどもろ手を挙げて米軍及び米政府関係者が歓待される町もめずらしいとのことである。また、下田と姉妹都市の米国ニューポートで開かれる「ブラックシップフェスティバル」には在ボストン日本総領事が出席し、日本の外務省でもこの外交チャンネルを大切に取り扱っている。

今は日米関係の蜜月が続く。しかし関係が悪化した時にこそ「下田」が注目されるのではないか。「下田会談」が必要なときが来るかもしれないのだ。

黒船祭は、しかし外交チャンネルとしての姿を隠したまま、今年も一地方都市の祭として開催される。

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