十一月になってから、なんとなく調子がすぐれない日が続いていた。
どういう風におかしいのかと言うと、どんよりと体が重いのである。
はっきりと風邪をひき、寝込み、風邪がよくなっても体調は悪いままだった。だから好きな酒も控えるようになっていた。
体が重いのと、腰が痛い。すると先週の金曜日には腹まで痛くなってきた。へその右下あたりだ。
もしかしたら、悪い病気じゃあるまいな……と心配になってくる。
ちょうど妻は帰省しており、一人だ。一人で考えると、人間、悪いほうに悪いほうに傾いていったりもする。
そう言えば二年前、医者に無理やり検査され、肝臓の数値が悪いと指摘を受けたことがある。その医者は女医で、人を脅すようなことばかり言って、高い金をふんだくり、以来、思い出すたび気分が悪くなる。多少体が不調でも、だからこの医者のところにだけは行きたくなかった。しかし、この医者以外に近くで知っているところはなかった。
悩んでいると、さらに腹が痛んだ。
ネットで確認してみると、虫垂炎の症状である。
虫垂炎ならいわゆる盲腸というやつで、切除する手術が必要になる。そうなると七日間から一週間は入院することとなり、いま抱えている二つの原稿の段取りを考えておかなければならない。
妻が帰ってくるのは、翌週の月曜日だ。
土曜日に医者に診てもらって、月曜入院がもっともありえるパターンだが、緊急入院になったらそうもいかない。
入院するなら、そうだ、生命保険の適用も考えられると、契約書を読んで確認しておく。すると一日あたり五千円の保険金が下りることになっていた。十日入院なら五万円である。五万円あれば、格安バリツアーに行ける金額である。
しかし腹が痛かった。風邪をひいたときにも熱が出ると同時くらいに右下腹部も痛んだ。
もしかしたら、盲腸ではなく肝臓が悪いのだろうが?
友人の母親が、ずっと腰が痛いと言っており、接骨院などに通ってもよくならず、しばらくして内科で診てもらうと、ガンが発見され、いまではモルヒネ中毒で、もはや死を待つだけになっている。
よもや……という思いが募った。
発見されれば覚悟ができる。
そう思って、土曜日の午前中、あの女医のところではなく、もっと大きな地域唯一の公的総合病院に行った。ちょっと遠いが背に腹は変えられないのだ。きっとぼくは相当深刻な顔をしていたにちがいない。
病院は意外と空いていた。
すぐに診察の順番がまわってきた。
この病院では友人の一人が乳がんを発見されている。
「右下腹部が痛いんです。押すと痛い」
とぼくは男性医師に訴えた。
「そうですか……」
と彼は思案気だ。
ベッドに横になって膝を立て、医師の触診がはじまった。
「ここですか?」
「いえ、もっと下」
「このあたり……」
「そのそのあたりです」
押されて思わず「プーッ」とおならが出てしまう。
ぼくは手であたりの空気を撹乱した。
「いわゆる盲腸ではないですね。盲腸はもっと上のほうだから。あのあたりだと直腸だと思います」
友人に一人、若くして直腸ガンで亡くなったやつがいた。まだ四十代前半だった。彼もまた死の間際はモルヒネ中毒だった。
「CTとレントゲンを撮ってみましょう」
と医師は言った。表情を出さないようにしているせいか、なんとも読み取れなかった。
CTはお棺の中に入っていくような心境だった。
レントゲンは自分自身が明らかにされる恐怖を感じた。
……そして二十分後。
医師はCT写真とレントゲン写真を前に開口一番こう言った。
「ここ見てください。ウンコがこんなに溜まっています。こっちは膨らんでいるでしょう? これがガスです」
「つまり、病名は?」
とぼくは目を剥いた。
あまりに必死だったものだから、目が充血していたかもしれない。
「はっきりしたことは、便秘だということです。あと、悪いところはないですね」
たしかにぼくの内臓は、きれいであった。
「とりあえず便秘の薬を二週間出しておきますので、飲んでください。でもこれでよくならなかったら、大腸にカメラを入れて診ますので」
と医師は、最後まで冷静さを崩さなかった。
あれから一週間がたち、ぼくの体は如実に軽くなっている。やたらにウンチとおならが出てくれて、腹の痛みも治まった。
今後ぼくは、この先生に主治医を変更することにした。
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