2009年11月19日 (木)

今週は取材のためお休みします。また次週!

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2009年11月13日 (金)

旅行計画

 春に立てた企画が一段落した。

 本や講演、ツアーの企画と結構いろいろ考えたのだが、結果は二勝八敗か三勝七敗か、はたまた一勝九敗くらいのものだった。ユニクロの社長柳井正さんでさえ、『一勝九敗』という本を出しているほどなので、物事がうまくいくのはなかなか難しい。

 今はまた新作の執筆中だが、それとは別に企画を作り始めている。本が四冊に旅が二回だ。

 中でもひとつの旅の企画は、なかなか時間がかかる。自分が旅をするだけなら適当でいいが、この旅の企画はいろいろな人たちを巻き込んだものにしようと考えているので、ある程度、しっかりと旅の計画を立てる必要があるのだ。

 だから毎日、地図を見て、訪問したい場所を頭の中で確認し、インターネットでホテルの値段等を確かめる。必要なことはノートに記し、次の場所に移動する。

 自分の旅行では、来年の2月にグアテマラとキューバ旅行を考えている。しかしこちらの準備は、航空券を確認し、『旅行人』のグアテマラ特集、キューバ特集を読んだだけでとりあえずは終わった。予約等は12月に入ってからでいいので、旅行は早くに行くのに、計画は後回しになっている。

 それにしても旅の計画は、原稿を書くより楽だし、楽しい作業だ。車に乗る、フェリーに乗る。見たこともない土地なのに、常識的な知識だけは持っており、インターネットで調べて納得する。

 野営はできるか、キャンプ場泊にしようか、たまには豪華に伝統ホテルに泊まってみようか。折りたたみ自転車を持って行き、ちょっとした買物は自転車に乗っていくのもいい。七輪とカセットコンロ、鍋などは必携だ。魚を釣って焼いたり、うどんやラーメンなど簡単なものは自分で作りたい。

 インターネットは時々ホテルで接続できるが、それ以外はどこでやろうか。たまには原稿も書く。妻は気に入った景色を見つけて絵を描くと言っている。

 すでにお気づきかもしれないが、そう、車での日本一周旅行を計画しているのだ。期間は二ヶ月間。来秋の予定だ。

 今年中には企画書ならびに旅行計画を策定し、そこから関係各方面と折衝に入る。予算はあくまで自分持ちだし、車もそうだ。なのに、関係者がいるというのは、一つ企画があるからだ。

 内容はまだ内緒なので、正式に決定したらお知らせします。

 旅行計画を作り始めて三日目。

 昨日ぼくたちは淡路島に到着しました。

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2009年11月 6日 (金)

贅沢な夕方ドライブ

 このところ空気が澄んできた。

 ビーチに行くと、伊豆の島々もよく見える。左手から大島、三角形の利島、ちょっと大きめの新島とその隣が平べったい式根島である。透明度の高い日は、新島の崖の岩肌までしっかり見える。また奥の三宅島がくっきりとする。

 右の手前にあるのが神子元島灯台、その前を海の銀座みたいにタンカーや運搬船が行き来する。神子元島灯台周辺に集まっているのは、漁船か釣り船である。昔からの漁場だ。

 そして、場所によって灯台の右に見えたり左に見えたりするのが神津島である。

 これから春霞が始まる時期までは、海の見える家からは、夜の間、漁火もきれいに見えることだろう。

 文化の日、天気もいいので、妻が夕日を見に行こうと言い出した。

 西伊豆は夕日の名所が多い。その中でもわりと家から近い奥石廊崎に行った。

 日没時間は四時四十五分だ。四時過ぎに家を出る。

 西日が眩しく、サングラスをしてこなかったことを後悔した。伊豆最南端の海岸を行く。複雑な地形のリアス式海岸とその向こうに広がる太平洋が美しい。やがて海抜が高くなる。誕生日プレゼントに妻からもらったカシオのプロトレックで海抜を確かめる。十メートルと出た。なんか間違っている。海を見下ろすと五十メートルくらいはありそうだ。

 この時計はちょくちょく見るが、我が家にいても、海抜六十メートルと出たり、十五メートルだったりする。六十メートルが正しいはずだが、気圧との関係で誤差が出ることもあるのだ。

 奥石廊崎は国定公園になっている。あいあい岬の駐車場に車を止める。別に奥石廊崎でいいのに、どうでもいいようなつまらない名前を付けるあたりがガッカリだ。しかし西伊豆には恋人岬という岬があって、ここで恋人同士がベルを鳴らすと永遠の愛が約束されるという。休みの日など大渋滞である。たしか夏の地震でベルが落ち、早速修復したとか。

 あいあい岬にもベルはあった。ところがこちらは人気がないのか、ベルを鳴らす木の棒が、破損していた。

 あたりはユウスゲの群生地だ。紀宮妃がお嫁に行く前に、美智子さまと最後の家族旅行で散歩を楽しまれた場所である。

 美しい緑の海岸線と深いブルーの色を湛える駿河湾、湾の先には南アルプスが見え、薄い陸地を目で追っていくと、かすかに御前崎まで見通せる。

 太陽が徐々に沈む。東側の空は暗くなり、オレンジ色に燃える太陽の上の空が淡いブルーできれいだ。

 これぞミケランジェロのブルーだ。バチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画『最後の審判』を染めるブルーは、落日のブルーなのかもしれない。

 オレンジ色の太陽が海の彼方に沈んだ。どうしてか、太陽が海に沈む時には雲が現れるものである。その確率は高いと思うが、いかがだろうか。

 帰り道、山の向こうにまん丸の大きな月が出ていた。

 都合一時間ほどの、贅沢な夕方ドライブだった。

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2009年10月30日 (金)

今年の海は

 このところ、連日下田漁協前からテレビのレポートをやっている。そう、八丈島近くで遭難した漁船の報道だ。遺体で見つかった船長は下田の人である。心よりご冥福をお祈りする。

 こういった遭難や難破、奇跡の救出があって、海は危ないことがあらためて認識される。

 東京などに住んでいた頃は、数あるニュースの一つとして聞いていたが、やはり海の近くにいると、さらに実感が沸く。

 先月だったかも、遊びに来ていた若者が二人、海に持っていかれた。

 下田の海は九月でも十分泳げるほど暖かい。しかしその日は、台風の影響で高波が立っていた。

お盆を過ぎるとクラゲが出ると言われているが、これは地方によるだろう。下田でクラゲはあまり見ない。クラゲに刺されると嫌なので、海に入るのはよしておこう。そんなことを言う人は多い。

これは、九月になると波が高くなるために、クラゲよりも高波から人々を守るために、言い伝えられてきた話のような気がする。高波と言ってもピンと来ないが、クラゲなら肌で感じられるからである。

だから前述の若者二人も、高波の中にはしゃいで入ったのだろう。十人ほどのグループだったから、全員で入ったのかもしれない。しかし気が付くと二人の姿がなくなっていたのだ。

報せを聞いた民宿の人が119番し、レスキュー隊やパトカーが到着、海上保安庁の巡視船やヘリコプター二機が捜索に当たった。

上級者のサーファーならば入れるほどの波だったが、さすがに捜索しているのだから入るのはみんな遠慮していた。波に持っていかれた二人の仲間なのだろう。若い女性が数人、水着にタオルを巻いたままの恰好で茫然と海を見つめていた。

その日も、翌日も一日中ヘリの音が聞こえ続けた。

遺体が発見されたのは三日後のことである。凪いできた海に、ダイバーが潜って見つけたのだ。荒れていて透明度が低くなっていたために、海中に沈んだ遺体がそれまでは見えなかったのである。

一人はビーチから百メールのところで、もう一人は四百メートルのところで発見された。

浜から百メートルと言うことは、高い波のときなら、ぼくらがサーフボードにまたがって波待ちしている場所である。

年に何人も海の犠牲者が出る。近所に住む友人の奥さんのお父さんもまた、黒潮の流れる近くで遭難し、三ヵ月後に船だけが見つかったそうである。

以前、作家でイラストレーターの沢野ひとしさんと飲んだ時、彼がこんなことを話した。

「大五君、海洋文学をやってみたらどうかね。せっかくこんなに海の近くにいるんだ。題材には不足しないだろう」

「そうですね」

「だけどもあれだ。日本じゃなぜか海洋文学が育たないんだな。これといった海の物語がないし、出しても売れない。なぜだろうね、海に囲まれた島国なのに」

「売れないなら、難しいですよね」

 沢野さんらしく、人を煙に巻いたような会話でおわったのだが、実は、海の物語もずっと考え続けている。

 さて、実現するのはいつのことやら。

 それにしても今年は海難事故の多い年である。

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2009年10月23日 (金)

気が気ではない!

 新刊『笑える! 世界の七癖 エピソード集』(PHP新書)が発売されて一週間が経つ。

 もちろん出る前から、売れるかどうか気になってしょうがなかった。とくに今回は、そこにマーケットがあると信じて投入した本なのだ。担当編集者はもちろんのこと、営業も力を入れてくれている。初版も当初発行予定部数より多くなった。

 ところが出だしが芳しくないのだ。

 取りあえず参考になるのがアマゾンのランキングである。

 一昨年出版した『日本は世界で第何位?』(新潮新書)は、一週間目で214位を記録した。次の月曜日の紀伊国屋書店WEB新書ランキングでも26位になり、この頃にはすでに三刷が決定していた。

 売れる本は出足がいいのが一般的で、出足が振るわなければ、そのまま売れないことのほうが多い。

 今回はどうかというと、発売日ですら、アマゾンの順位は180000位台と、「なんじゃこれは?」という事態であった。一週間経っても17000位くらいで、まったく振るわない。

筆者は当然肩を落として、関係者のみなさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

うれしいことより、申し訳ないことばかりが多いので、売り上げには鈍感になってもよさそうなのだが、まったくそんなことはなく、売れないのはすべてが筆者の責任と、痛感させられるのだ。

緊張するのか萎縮するのか、体のバランスが悪くなり、寝ても覚めても本の売り上げが気になる。真夜中に起きてアマゾンを見ると、12000位と少しくらい順位が上がっても、新書新刊にしては情けない数字だ。

頭は朦朧とし、身の置き所がないような気持ちに苛まれるのだ。

売るのが難しい小説でも、やはり同じである。

ただ小説の場合は、マーケットを開拓する気持ちのほうが強い。マーケットとはすなわち愛読者のことで、どうやって愛読者を増やしていくか、そのためにはどのようにして面白い本に仕上げるか、ストーリーは、人物はどうしたらいいのかと考えるのである。

今は新作の小説に取り掛かっている。メインの舞台は新宿。話の進み具合から、再来週あたりに主人公が海外に行くことになる。

ランキングの低さを見て苦しみながらも、そこは「エイヤッ!」と力を振り絞って、執筆に熱中する。日々考えながら地道に、ある意味楽しく制作作業が続く。楽しいのは、登場人物たちを動かしていると、彼らが、作者が思っても見なかった動きをしてくれ展開が変わるからである。ある程度のストーリーは考えているものの、出来上がりまで着地点は見えない。

そのような満ち足りた仕事環境に、ランキング結果は悪影響を及ぼし続けた。孤独に耐え切れず、恐るおそる編集者に、

「どうですか?」

とメールしてみる。すると、

「スタートダッシュとはいかないようだったようで」

 と歯切れの悪い返答だ。編集者は、いい話は早くしてくれ、悪い話はなるべくしないのが特徴である。例えばボツ原稿など、わざわざ返事しないことも多いのだ。

さて話が逸れてしまったが、今回の新作である。

処々の事情から、昨日ようやく新聞広告が出た。

するととたんにアマゾンの順位が動いた!昨日の夕方で3000位台だ。今朝見ると、2281位まで躍進、午後五時半現在で1564位である。

ダメなのかどうなのかと心配していたところに、一週間経ってうれしい反応だ。

月曜日の紀伊国屋では何位に付けるのか?

ぼくの本は週末向きで、あるいはサラリーマンの読者は、行きの通勤ではなく帰りの通勤中に読むことが多いと分析されている。それは決して読者の仕事を鼓舞するような内容ではないからだ。

だからこそ週末の売れ行きが大事だ。

さてどうなるか?

低位に甘んじ、やきもきし通しで、精神的に勝手に追い詰められた週だった。

なんにもしないのに、疲れたあ。

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